21世紀への道
電子材料―ナノシリコンとネオシリコン―
小田俊理
  


 20世紀後半の最も重要な電子材料といえば、疑い無くシリコンであろう。 1948年にベル研究所でトランジスタが発明されたのに続き、1960年にフェア チャイルド社から発表された1)プレーナ技術により、シリコン集積回路は発展を 続け今日のIT(情報技術)社会を築いた。一方、1975年にスコットランドのダ ンディー大学から発表された2)アモルファスシリコンに不純物をドーピングし て伝導度を制御できる技術は、太陽電池や液晶ディスプレイ用薄膜トランジスタ などの大面積電子材料としての地位を確立した。
 
  それでは、シリコンに続く21世紀の電子材料は何だろうか?私の答えは「シリコン」である。 シリコン集積回路の重要性はもちろん変わらないだろう。アモルファスシリコン薄膜デバイスも 結晶化技術などを含めてさらに発展するだろう。 しかし、従来のシリコン材料には無い新しい機能を有するナノスケール量子効果シリコン材料こそ私描く 21世紀の夢の材料である。1990年にイギリスの防衛研究所から発表された、
3)シリコン基板を電気化学的エッチングにより形成したポーラスシリコンからの可視光発光はビッグニュースであった。 ギャップエネルギーが1.1eVで間接遷移型というシリコンのバンド構造からは可視光領域での発は期待できないからである。 ポーラスシリコンからの発光のメカニズムについては、量子効果によるものという説のほかに、 表面構造によるものや表面酸化膜によるものなどが出されており決着はついていない。いずれにせよ、 光るシリコンの発表はシリコンナノ構造の研究におおいに弾みをつけ、 その後ポーラスシリコンおよびドライプロセスによるナノ結晶シリコンの作製や発光に関する報告が相次いだ。


Table 1   シリコンテクノロジーのブレークスルー


1948 トランジスタの発明
1960 プレーナ技術
1975 アモルファスシリコン
1990 ポーラスシリコン
1995 ナノ結晶シリコン
2000 ネオシリコン



 半導体微細構造を作製する方法は、リソグラフィとエッチングによるトップダウン技術により進展してきた。一方、最近は原子レベルで制御する結晶成長技術によりクラスターやナノ結晶を形成するボトムアップ技術によりナノ構造を精度良くかつ生産性良く作製する研究が盛んである。我々の研究室では、シランガスのプラズマ分解により形成したシリコンのラジカルを原料として粒径10nm以下のナノ結晶シリコンを作製し、1995年に発表した。
4) Fig. 1の電子顕微鏡写真には、電子ビームとシリコン原子との干渉により形成した格子像が観測され、良質な単結晶球ができていることが分かる。シランガス中に含まれる水素がシリコン表面を被覆して理想的な結晶成長条件が実現できているものと思われる。室温でどんな基板上にも堆積できることも大きな特徴である。核形成と結晶成長を分離するアイデアにより、粒径分布が均一なナノ結晶シリコンを形成することができた。5)ナノ結晶シリコン球の表面には自然酸化膜を形成する。表面酸化したナノ結晶シリコンからは室温で可視光発光を観測できる。6)




Fig.1 シランのプラズマ分解によって作製したナノ結晶シリコン量子ドットのTEM写真

 
 表面酸化膜は、高品質な電子トンネル障壁として働く。表面酸化したナノ結晶シリコン量子ドットを並べると微小トンネル接合の列ができる。このような構造には電子の帯電効果が顕著になり、単一電子の注入にしきい電圧が必要なクーロンブロッケイド現象が起こる。電子ビームリソグラフィで作製した間隔15nmの微小ギャップを有する電極間に平均粒径8nmのナノ結晶シリコン量子ドットを堆積し、さらに絶縁膜を介してゲート電極を設けたナノシリコンチャネルトランジスタの電気特性をFig. 2に示す。縦軸と横軸はトランジスタの3端子のうち2つの電極間の電圧を表し、曲線は等電流曲線を表す。曲線が波のように振動しているのは、1個1個の電子が注入する様子を表している。つまり、1個の電子の出入りによりスイッチ動作を行うことができる、究極の単電子エレクトロニクスにつながる可能性がある。この特性は試料を20Kに冷却して測定したものであるが、室温でも電流を微分すれば等間隔のクーロン振動を観測できる。
7)このことは、ナノ結晶シリコンの寸法をさらに微小化して3-4nmにすれば(大変難しい課題ではあるが)、室温動作が可能であることを示している。




Fig.2 ナノ結晶シリコン単電子トランジスタの電気特性





 ナノ結晶シリコン量子ドットをトランジスタチャネルの近傍に配置させると、量子ドット中の帯電状態によりトランジスタの導電特性を変化させることができる。従って、この構造で単電子メモリデバイスを実現でき、8,9)超低消費電力の大容量不揮発性メモリへの応用が期待される。

 最近、我々は量子ドット間隔の制御に着目した新材料ネオシリコンを提案した。ネオシリコンの概念はFig. 3に示すように、シリコンドットの寸法は数nm以下であり室温で量子効果を示すとともに、ドット間隔は1-2nmでトンネル過程により電流を流すことができる。ネオシリコンのバンドギャップエネルギーはシリコンドット寸法で決まる。ドット間隔はトンネル電流の透過率すなわち伝導度を決める。トンネル確率は帯電効果によっても制御される。




Fig.3 ネオシリコンの概念




 ネオシリコンに期待される新物性とその応用はきわめて広い。量子効果と帯電効果により暗電流が極めて低い超低消費電力トランジスタや、高速動作不揮発性メモリができれば、現在のDRAMとフラッシュメモリをすべて置き換えることも夢ではない。高効率の発光特性や、電子放出特性はディスプレイ素子への応用が期待できる。これらのシステムを集積化したチップやパネルも一体で作製可能である。

 一方、ネオシリコンを実現するための技術的課題は多い。室温で量子効果、帯電効果を実現するためには、シリコンドットの粒径を現在の6-8nmから3-4nmに微小化する必要がある。原料ガス供給の短パルス化やプラズマ条件の最適化の他に、シリコンドット表面の酸化および酸素中エッチングを検討している。特にナノスケールシリコン柱で報告されている、シリコン・酸化膜界面近傍のストレスによる酸化速度の自己停止機構はシリコンドット粒径の制御に極めて有望である。
10)

 ネオシリコンにおいて酸化膜の役割は非常に重要であり、粒径を制御する他、トンネル障壁としてドット間の電子輸送過程を制御すること、ドット表面のダングリングボンド欠陥を緩和すること、ドットを基板上に固定することなどの働きをする。酸化膜以外に、シリコンの直接窒化膜を利用すればさらに多くの自由度を獲得できる。酸化膜と比較して低いトンネル障壁は同じ膜厚では高い透過率をもたらす。ドットを不純物の拡散から保護する作用も期待でき、酸化膜と組み合わせればプロセス上のフレキシビリティは著しく増大する。
 
 ドットの位置制御はさらにビッグチャレンジである。基板上に堆積したシリコンドットはファンデアワールス力で物理吸着しているだけなので、AFMなどの走査プローブで機械的に移動できることは実験で確かめてある。
11)しかし、この方法では能率が悪く、大規模集積回路では実用的でない。非常に平滑な基板上の単原子層の段差に沿って選択的にドットが堆積するという実験事実から、基板表面を物理的もしくは化学的に修飾すれば、シリコンドットの選択堆積が可能であろう。シリコンドットはプラズマ中で形成するので、これをイオン化することは容易である。Fig. 2のようにシリコン微細構造の電気特性を測定する場合は、あらかじめパターニングした微細電極上にシリコンドットを堆積するので、この電極に電界を掛けておけば、イオン化したドットを電気的にトラップすることが可能であろう。12)

 電子の発見(1897)から100年、トランジスタの発明から50年が経過した。新しい世紀を迎えるに当たって、エレクトロニクスには大きなブレークスルーの期待と予感がある。量子効果を活用するナノシリコンやネオシリコンはその最右翼にあることを、私は信じている。


謝辞:
ネオシリコンプロジェクトは科学技術振興事業団戦略的基礎研究の援助による。日立中研・嶋田壽一博士、日立ケンブリッジ研・中里和郎博士を始め討論していただいた共同研究メンバーに感謝します。




文献
1) J. A. Hoerni, IRE Electron Devices Meeting, Washington DC, (1960)
2) W. E. Spear and P. G. LeComber, Solod State Commun. 17, 1193 (1975).
3) L. T. Canham, Appl. Phys. Lett. 57, 1046 (1990).
4) S. Oda and M. Otobe, Mat. Res. Soc. Symp. Proc. 358, 721 (1995).
5) T. Ifuku, M. Otobe, A. Itoh and S. Oda, Jpn. J. Appl. Phys. 36, 4031 (1997).
6) Y. Kanemitsu, S. Okamoto, M. Otobe and S. Oda, Phys. Rev. B55, R7375
(1997).
7) A. Dutta, S. Oda, Y. Fu and M. Willander, Jpn. J. Appl. Phys. 39, in press
(2000).
8) B. J. Hinds, K. Nishiguchi, A. Dutta, T. Yamanaka, S. Hatatani and S. Oda,
Jpn. J. Appl. Phys. 39, in press (2000).
9) F. Yun, B. J. Hinds, S. Hatatani and S. Oda, Jpn. J. Appl. Phys. 39, in
press (2000).
10) H. Fukuda, J. L. Hoyt, M. A. McCord and R. F. W. Pease, Appl. Phys. Lett.
70, 333 (1997).
11) S. Oda, Adv. Colloid and Interface Sci. 71-72, 31 (1997).
12) A. Bezryadin, C. Dekker and G. Schmid, Appl. Phys. Lett. 71, 1273
(1997)
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